安彦先生の部屋エッセイ『敏感力』

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エッセイ「敏感力」
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“口腔内科相談外来”を開設して、5年半が経過した。患者に遅刻して来る人はいなく、皆、予約時間の20、30分前には受付を済まさせている。多くは中高年の女性であるが、病気に疲れた姿ではなく、奇麗にお化粧し身なりをピシッと整えてくる人が多い。半分以上は、お口の中に様々な症状を訴えている“歯科心身症”患者である。最近、このような患者が増えている。どうしてなのだろう?

動物の生命活動を営んでいる自律神経には交感神経と副交感神経がある。歯科心身症の患者は一般に交感神経が優位に働いている人が多いようである。交感神経が優位であると、心拍数が上がったり、汗をかきやすかったり、口が渇いたり、あらゆる筋肉が緊張状態であることが多い。交感神経はどうしてそんなに働く必要があるのだろか?

これは生体の防衛反応に他ならない。アフリカの砂漠で、シマウマはライオンの襲撃に対して瞬時に反応する。この時、交感神経を作動させ、一気に血圧と心拍数を上げて反応するのである。ある時は自分よりもずっとずっと小さい毒ヘビの襲撃にあうこともある。動物の中には、ヘビの襲撃から逃れるためにヘビに対する恐怖心、不安な気持ちを身につけているものもある。恐怖や不安も生体の防衛反応の一つである。

脳科学分野で、サルの不安に関するものがある。不安を司っている中枢は脳の扁桃体という場所にある。正常なサルは、近づいて来るヘビを恐がり、檻の中を逃げ惑うのであるが、扁桃体を壊したサルは毒蛇がよってきても何食わぬ様子でヘビと戯れ、しまいにヘビに咬まれてしまうというのである。

多くのヒトの日常生活には、ライオンも毒蛇も登場しない。かつては、人間同士のいがみ合いから始まった戦争も一部の地域に限られたことで、死の恐怖に直面することのない平和な社会である。平和な社会になっても、脳の構造が簡単に変わるはずはない。人間の交感神経や、扁桃体の働きは現代社会の敵や恐怖、不安を探しているのである。その結果、これらが必要以上に反応し、不安や気分の落ち込み、身体の不定愁訴として現れている人がいるようである。このような人達は、必要以上の反応をもつ、敏感な人達と言えよう。

社会には、鈍感な人もいる。一般的に鈍感というとネガティブイメージが強いが、「鈍感な人」の形勢逆転を起こす勢いなのが、ベストセラー「鈍感力」である。鈍感力をもとに生活すると、日常の生活を楽におくることが出来るというような内容である。鈍感力をもった人は、敏感な人に比べて平和すぎる人間社会に馴染んでしまった人とも解釈される。

一方では、鈍感すぎて人間社会にはいささか迷惑な人も多いように思う。電車の中で平気で電話をする人、場をわきまえずタバコを吸う人、パーティーに必ず遅れてくる人。敏感な人、すなわち「敏感力」をもった人は、こんなことは絶対にしない。
敏感な人は周りへの気遣い能力に優れており、場の雰囲気をいち早く察することができ、ノンバーバル(非言語)コミュニーケション能力にも優れているのだ。そして、何よりもオシャレである(周囲を気にするので、オシャレで有り続ける)。

さらに真面目で几帳面であることから、社会の模範と言われる人も多いようだ。何一つとっても社会の中でマイナスイメージを形成しない能力それが“敏感力”なのだろう。

“口腔内科相談外来”を訪れる歯科心身症患者は敏感な人が多い。敏感すぎて、不安や気分の落ち込み、神経症傾向を伴った人も多い。診察に1時間を費やし、心身症である可能性が高いと、“歯科心身症”という疾患の説明に入る。患者は心身症ということを理解しながらも、「私っていろんなことを気にし過ぎで、いろんなことに敏感で・・・」と、敏感である自分を嫌になっている。そんな患者様には、決まって「敏感力」のお話しをするようにしている。
それは「あなたの特技なのですよ。」と。

安彦善裕:敏感力,Essay“RockingChair”日本歯科評論2007年11月号より

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